INTERVIEW 001: 長澤秀彦
2011.02.03
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作品と作者の紹介をかねて公開していくインタビュー企画の
第一弾はデザイン学科スペースコミュニケーションコースの長澤秀彦さんです。
長澤さんは北海道大学水産学部、理学部を経て美術大学のデザイン科に
辿り着いた異色の経歴の持ち主です。
銀座スペースデザイン・学生コンペティション受賞をはじめ、
就職もいち早く決めるなど、スペースのエースとして活躍されています。
そのストイックな理系の頭でいつも何を考えているのか迫ってみました。
システムのアイデア
空間デザインって来てもらう感じがする。体感するものって感じ。プロダクトは買ってもらうんだけど、届ける感じ。そっちの方が好きだなと思って。だからプロダクトコースを志望したんだけれど気づいたらスペースコースに(笑) 空間のデザインをやりながら、プロダクトもちょこちょこ作ってた。デザインしてて思うのは「結果が良けれ ばなんでもいい」ってことかな。だけど、そこにどうやって辿り着くかっていう部分が自分にとっては大切。
ー毎回どんな結果をイメージする傾向にありますか?
誰かのために。デザインのいい所は自分以外の人が関わるところじゃないのかなと思っていて。 一人だけで完結しないところがいいよね。3年生の時の授業で、住宅の授業があって。架空の家族構成を設定して作っていくんだけど、自分と関係ない人達を想 像して、その人達にあったものを作るっていう。自分がこうしたいっていうよりは、きっとこの人達にとってはこうやったほうが幸せだろうなーって考えるのが デザインだなと思う。やることってそれだけだなぁ。
ーそこは大きいですね。
卒業制作の「目黒寄生虫館」をテーマに設計をやった時も、結構自分の中で縛りを設けていて、好き勝手やるんだったら今ある建物を壊して、一から やっていいんだけど。でももうちょっとこの建物に寄り添った提案をしたいなと思って、そういうのは忘れちゃいけないなと思う。 この時は「入れ子」をテーマにスタディしました。その感じが寄生虫っぽいかなって。 模型でスタディしたんだけど、構造体に大きさが規格化された空間を入れ替えながら考えてた。
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この方法の方が、スタディしやすいしのと、偶然出来上がる関係を活かせるようになってる。
これは入れ子空間のスタートで、1/100スケールの模型を隣にあった1/50スケールの模型に適当に入れてみたら、ぴったりはまったという(笑)この偶然から一気に制作が進みました。
ここにあるのは、全部内部空間構成を考えています。一方でそれに対してどんな素材感があればいいだろう、と考えて作ったシリーズもある。 こっちを黒くして、こっちを白くしたら見やすいんじゃないかって事を考えて。そういうことを具体的に考えていったら、じゃあコンクリートの打ちっぱなしが いいんじゃないかなとか。そうしたら、実際にはおおきな柱が入ってくるから、じゃあその中で今まで考えたことをどう実現するか。おおきな内装の流れとして はそんな感じ。この流れを外装に入れながら考えていった。外と中の関係を見やすくするために、色で分けたりしてね。
建物自体を生物っぽくみせたいから、構造体が骨で、外装を皮膚、それで中を覗くと寄生虫がいる、というイメージで進めていったから。構造が綺麗に見えるように外装を剥がしたようなものを作っていこうとしたんだよね。これは面白さに走ってしまって、全然ダメ案。

ーシミュレーションはどのような方法でやられているんですか?何十分の1〜何百分の1というサイズを実際のサイズにした時に、思っていた通りの使いやすさになるかどうかのイメージを、どうやって持ちながら模型にしていくのかが気になります。
それは学生は知らない世界じゃない。1分の1になった事がない。銀座の時だけ。
ー銀座の時というのは?
ディスプレイを銀座で実際に施行していただいたことが。銀座スペースデザイン学生コンペティションっていうコンペを受けた時のことだけど。MIKIMOTOっていう真珠・宝飾 会社が体現し、銀座や社会に発信するメッセージを考え、ディスプレイで表現してくださいっていう。学校の友人2人(北澤利枝、増澤遼平)とやって、僕は主にCG担当で。僕ら のコンセプトは、「時間の積み重ね」だった。つまり、真珠に込められた「時」、ミキモト社が歩んできた「時」、母から娘へと真珠が受け継がれる「時」、「時」を重ねることにより生まれる価値の輝きを、重層的に表現しようと。その3つの時の重なりから、見る立ち位 置3方向で赤、緑、青と色の見え方のかわるものを作ったんだ。
僕が一番楽しいのは、アイデアが発展していく時だね。 模型を作って、だんだんと完成に近づくと消化試合な気が少ししてしまう。どういうことが問題に対しての答え「らしく」て、それをどうやったら提案できるか考えてるときが一番いい。
ーなるほど。
だから、完成された模型よりも、自分にとっては検証中のものの方が価値がある、そっちの方が本筋がだなと。学生だったら尚更のこと。で、いい過程を踏めば、いい結果がついてくる、といつも思ってやってるから。 それとシステムっぽいものが好きなんだよね。 これはカフェの模型。俺はこの形がいいと思ってやってはいるんだけど、形を作りたくてやってるわけ じゃなくて。これは「グラデーション」っていうテーマでやっていて、だから外装が白から透明になっていくとか、あと模型には柱が入ってないけど、柱自体も直線的な ものから有機的なものになっていく、というイメージでやっていったんだ。割りとそうやってものの出来上がり方を意識する傾向にあるかもね。

生きるか死ぬか、の生活まで
僕、転々としています。こっちに来る前は北海道の大学で。水産学部入学、理学部物理学科卒業。初めに水産学部に入ったのは、 当時高校生の自分がこれからなにやりたかなんて分からなくて。で、親父がお魚関係のことやってて、楽しそうに見えたから入ったっていうのはある。
ー具体的には何をやられてたんですか?
僕がそのまま水産学部にいたらたぶん資源管理。例えば、食料問題とかが関わってくる話。ちょっとマクロだけど、いかに漁業資源を持続的に使うかとか、増やすか。あと遺 伝子操作もやったりする研究室もあった感じ。で、結構魚の扱いがひどくて。2倍体とかいって、遺伝子2倍にして作っちゃいましたとか、ある卵に別類の精子をかけちゃいましたとか。講義で感想文書かされんだけど、「魚にも幸せがあってもいいんじゃないんでしょうか?」って書いて。
ーははは!!!それを最後に、ここは辞めようと?
そういうわけじゃないけど、あれはちょっとびっくりした。それが、原因で辞めたというより、自分が結構物理好きなことは知ってたんだけど、でも物理で 食ってくってよくわかんないなって。ちょっと安全パイでいった感じではあった。一番安全で興味ありそうな道を選んだっていう感じ。水産学部行って、博士課程ま で出て、独立行政法人の研究職に就いて、みたいな生活をしてこうと思ってたから。でもほんとにこれなのか思ったりして。それで、同じ大学なんだけ ど、3年時編入の試験を受けて、理学部に入り直したんだよね。
ー卒業後は就職しなかった?
しなかったんだよね。
ーということは、卒業する前にこの大学の試験を受けたってことですか?
そうだね。一応、在学中に予備校通ったけど、試験と関係ないデッサンをやってた。社会人入試って立体造形だけだったからね。紙工作みたいなのやって、あと面接、小論なんだけど。だから準備はしてないっちゃしてない。
ーその時期に美術大学に行こうとしていたんですか?
夜間の学校行って昼働こうかなって、予備校でいろいろ話しを聞いていたら、ここを教えてもらって。多摩美って聞いたことあるぞ、くらいで。
ー物理学部から美術学部というのも特殊ですが?
この振り出しは、中学生。美術の先生が凄い好きで、一応進学校に進んだんだけど、隣の高校には美術科、っていうのがあって。そっちに行きたいって 一度凄い悩んだよね。でもさっきの話しで、超安全パイ取る人間だから。「いやちょっと、その後どうなるかわかんねーぞ」って。しかも美術が好きだから、 そっちに進んで絵を描くのかデザインやるのかとかわからなかったから、どうなっていくのかの先行きが不安で、「普通に行くか〜」って。だから、想いがずっ と溜まってたわけ。ずーっと。で、大学受験でも一度悩むんだ。18でわかってることといえば、「どうやら世の中の美術大学に進むやつは予備校に行ってるら しい」ってことだけだからね。そうなったら、「え、俺受験勉強やってきたのにまた、一から予備校通いとかすんの?今から初めてデッサンとかやるの?」とか 思ったらさ、「やんない」って。飛び込めなかったんだわ。
ーそれが3度目の正直で。
ね。ハードルどんどん上がってくのにね。でも、一応北大で編入試験とか受けてたから、ステップは踏んでいたのかな、とは思うけどね。やればできるという。
ーじゃあ入学出来てうれしかった?
いやそれが、入った時の心意気としましては、嬉しくはないよね。
ーえ!?
だって、生きるか死ぬかでしょ?いや、マジで。しかも親にも超金払ってもらってるしさ。で、学部3っつ目でしょ。もう俺ダメだ、これロクな人間じゃないなと思って。マジで、これでどうにもならなかったら人生諦めるくらいの感じで入学したけどね。悲壮感漂ってたよ。
ーその感じは入学してからどのくらい続くんですか?
ずーっと続いてたよ。一応ちゃんと就職したかったしね。年齢いってるっていうのもハンディだなと思ってたし。だから超しんどかった、大学生活。
ーそんなに悲壮感漂ってたんですね。
そう。。 昔ある番組で、アンコールワットへの道をひたすら人力で整備するという企画がありまして。 そのときの一人が別の番組で、写真家として取り上げられてたんだけど、番組でその時の事語ってて。彼2年間くらい引きこもりで、「このアンコールワットへの道を途中で辞めたら、死のうと思ってました。」とか言ってて、共感を覚えた。そのくらい漂ってたね。就職決まって、治まるかなと思ってたけど、別に治まんないの。俺、これからどうなるんだろうっていう。それが面白いけどね。
ーそういう状態が?
そう。先行き不透明な面白さというかね。これもまた人の話しだけど、俺岡本太郎の本を結構読んでて。 その中で、道に迷った時は、こっちに行ったら死んじゃうかもしれない方を選べって。そしたら、生きる力が湧いてくるからって。それだそれだ、確かに確かにって思う。
ーそんな中で、何かに楽しみを見いだすことはあったんですか?
やっぱ、没頭するのがいいよね。なんか作業してると、いろいろ考えなくなる。そういうのが、なんか安らげるじゃないけど、何も考えないのがよかったね。
ーそんな状態から、自分の進む方向をなんとなくとも決めていくわけですよね。
そうだね。また転々とした話しになるけど、元々お兄さんの影響でガンダムが超好きだったから、工学部とかも考えた事があったんだけどね。だから、プロダクトとかは近い感覚じゃなかったのかな。プラモデルとかよく作る少年だったしね。間違いない。
趣味はないね
ープラモデルをよく作ってたということなんですが、好きなことというか、趣味ってあるんですか?
趣味ないねー。
ーこれは趣味じゃないんですか?このドカンと立ってるものは。。。
。。。しょうがないなー(笑)一応調弦もしときました(笑)オーケストラをやってたんですよ。北海道大学時代に。部活みたいなもんで。今でもたまに弾く。落ち着くからね。

でも趣味って感じじゃあないね。。良かったらヴァイオリンも弾くけど。聴く??? しょうがないなー(笑)あ、弦張ってないわ。
ーははははは!!!でもヴァイオリンとチェロを部活ではやってたんですか?
いや、ヴィアオリンは小さい頃やってて。小学校1年から高校1年まで。でも、趣味って感じじゃないよねー。ギターは駄目だったなー。Fコード が出来なかったわ。よく初心者がつまずくとされてるとこでつまずき。ギターは出来なかったな。あ、あとカメラも5台くらいある。写真も撮るよ。だけ ど、趣味じゃないんだよねー。現像代高いしね。映画も趣味じゃないしなー。読書も趣味じゃないしねー。あ、あとバイクにも乗るんだよね。
ーこっちにあるんですか?
あるある。でもね、東京走ってもつまんないからね。北海道の方が楽しかったな。こっちに来てそれがわかった。

取材の中で、「これが絶対だっていう事は言えないから、進む方向を考えて、進み続ける事を考えよう。」 という言葉を聞く事が出来た。それが石橋を叩きながらも冒険もしたい欲張りな気持ちのように思えて、なんだか尊敬してしまった。








